TULLY’S COFFEE 物語 その5

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あれから連絡があり、お誘いOKな事、 勝手に情報をリークした人にはきついお仕置きをしておいた事を告げられた。
”お仕置き”の内容が気になったがあえてスルーし、 待ち合わせの場所などを決め
「明日が楽しみです」とだけ言い電話を切る。

楽しみ。そう、デートなんてずいぶん久しぶりで本当に楽しみだ。 ふと携帯電話なんて無かった、学生の頃の甘酸っぱい思い出が蘇る。 待ち合わせ時間を過ぎても相手が来ず、自宅に電話をしても誰も出ず、 そのまま4時間待ったなんて事もあったっけ。 色々な意味で若かったなぁ、と思わず自嘲気味の笑みを浮かべながらベッドに倒れる。

当日、待ち合わせ場所に彼女が来ない……なんていう事は無かった。 それどころか30分以上前に着いたのにほぼ間を置かず彼女が現れる。
「待ちました?」
「いえ、今来たところです。」
古典的なやり取り、でもこの状況なら十分可笑しい。 お互い顔を見合わせて笑う。
「こんな早くに来て、待ちぼうけするつもりだったんですか?」
「貴方ならきっと居ると思ってましたから。」
やばい、ただでさえ惚れてるのにこんなセリフ言われたらどうにかなりそうだ。 思わず抱きつきたくなる衝動をこらえ、極力平静を装いつつ言葉を捜す。
「えっと、上映時間までまだだいぶありますね……チケットだけ買ってお茶でもします?」
「いいですね♪そうしましょう。」

映画館の窓口に向かう途中、TULLY'S COFFEEがあった。 チケット購入後当然の如くそちらに足が向く。 外は暑く、正直言えば冷たい飲み物が欲しかったがホットのモカを注文。 男の子はお気に入りにはこだわるのだ。子供じみた意地も含めて。 そんな俺の姿に苦笑しながら彼女が財布を取り出して
「映画おごって頂くんですからお茶代ぐらい出させてくださいね。」
と言ってきた。 よくレストランでオバちゃん達がしているようなみっともない争いは嫌なので素直に従う事にする。

「社員割引みたいなのってないんですか?」
「一応ありますけど、人におごるのに割引使うのって失礼じゃありません?」
「それもそうか。俺は気にしないけど。」
そんなやり取りをしつつ席に着いた瞬間、
「いらっしゃいませー」
「いらっ……!!」
この店の店員につられ彼女が思わず声を出してしまう。 自分も客商売のバイトしてた時に経験があるが、こういうのは職業病と言って差し支えないだろう。
気まずそうに照れ笑いを浮かべる彼女。 またひとつ、彼女の新しい表情を見た。